今回は軍縮問題について。軍縮とは「軍事力の縮小」の略で、ここでいう軍事力とは主に核兵器を指します。背景としては、1945年の広島・長崎原爆投下。これにより両都市は壊滅し、核兵器の恐ろしさを全世界に知らしめることになりました。米ソはさらに大きな破壊力をもつ水素爆弾を保有することで、強力な報復力により相手の先制攻撃を思いとどまらせようと考えました。このように、強大な核兵器を互いが保有することによって、攻撃しづらい状態を作るべきという考え方を「核抑止論」といいます。
一方で、広島長崎の被ばくによる惨状を繰り返さないためにも、核兵器は禁止すべきとする主張も高まりを見せます。1954年に米国の水爆実験に巻き込まれた「第五福竜丸被爆事件」なども背景となり、原水爆禁止運動が本格化していくことになります。
あれから70年が経っています。今軍縮はどこまで進んでいるのでしょうか。冷戦期の話になるため、政経講義49冷戦下の国際政治⑴や政経講義50冷戦下の国際政治⑵の内容も復習した後に、見ていただけるとわかりやすいと思います。
▼軍縮の背景
日本が経験した3度の被ばく
世界の核軍縮を語る上で、欠かせないのが日本です。日本人ならだれでも知っている原爆投下ですが、日本は「世界唯一の被爆国」です。厳密に言えば、核実験に巻き込まれた国、被害にあった国はあるかもしれませんが、ここまで多くの被害を出した原爆は広島・長崎だけでしょう。
また、戦後の1954年にも、遠洋漁業に出ていた「第五福竜丸」が米国の水爆実験に巻き込まれ、大量の放射能(通称「死の灰」)を浴びることになりました。当時アメリカには物を言える立場では無かったため、穏便に処理されてしまいましたが、死亡者や後遺症に苦しむ重傷者を多く出した大きな国際問題です。被爆者だけでなく近隣漁業の風評被害、海洋資源自体にも多大な損害を与えたと言います。
これらの被害を二度と繰り返さないために、世界が少しずつ動いていきました。
ラッセルとアインシュタイン
アインシュタインとは、世界の誰もが知っているような物理学者ですね。実は彼は第二次世界大戦の渦中にいた人物です。彼は1939年、「ドイツナチスが新たな原子力兵器を完成させるかもしれない」という趣旨の書簡に署名し、米大統領ルーズベルトに示しました。学者としての権威も十分であった彼の警告とあって、大統領はそれに対抗するための作戦を練っていきます。
しかし、その結果完成した原子爆弾は日本へ投下されることとなり、大きな被害を出すことになります。武器のために開発した技術でもなく、自国を守るために進言しただけの書簡が、このような結果を生み出してしまったことに、強い驚きと後悔に苛まれたといいます。その思いからか、戦後は核廃絶運動を進めていきました。
思いが形になったのが、1955年。哲学者バートランド・ラッセルとともに核兵器の廃絶や戦争の根絶、科学技術の平和利用などを世界各国に訴える内容のラッセル=アインシュタイン宣言に署名をしました。この署名の7日後、持病を悪化させて76歳で亡くなりました。
ラッセル=アインシュタイン宣言
私たちは、この会議を招請し、それを通じて世界の科学者たちおよび一般大衆に、つぎの決議に署名するようすすめる。
「およそ将来の世界戦争においてはかならず核兵器が使用されるであろうし、そしてそのような兵器が人類の存続をおびやかしているという事実からみて、私たちは世界の諸政府に、彼らの目的が世界戦争によっては促進されないことを自覚し、このことを公然とみとめるよう勧告する。したがってまた、私たちは彼らに、彼らのあいだのあらゆる紛争問題の解決のための平和的な手段をみいだすよう勧告する。」
この宣言を受けて、1957年に「パグウォッシュ会議」が開催され、世界各国の科学者が核兵器の危険性や放射線の危害について討議されました。
▼世界の軍縮
軍縮問題の単元では、多くの条約が並び覚えにくくなっています。そこで少しでも覚えやすくするために、2つの分類に分けて覚えましょう。1つは世界全体の軍縮で、もう1つは米国とソ連(ロシア)の間での軍縮です。まず前者からポイントをまとめていきます。
世界の軍縮で大きなポイントとなるのが、1963年の部分的核実験禁止条約・1968年の核兵器拡散防止条約・1996年の包括的核実験禁止条約の3つです。
部分的核実験禁止条約(1963)
この条約は、名前にある通り一部の核実験を禁止するものです。具体的には大気圏・宇宙空間・水中などは禁止で、地下実験だけは認めますという内容でした。ここがこの条約の闇で、当時の技術だと地下実験は高度なもので、実行できるのは「米ソのみ」という状況でした。このままだと米ソだけがどんどん核実験を進めてしまえるので、他の核保有国であったフランス・中国から反感を買いました。この2国は未署名となっていますが、多くの国の調印で発効に至っています。
核兵器拡散防止条約(1968)
この条約は、核保有国であった米ソ英仏中(★安保理の常任国と覚えておこう!)以外に、核兵器を広げないようにしようという内容。非保有国が核兵器を持ったり、他国から譲り受けたりすることを禁止し、国際原子力機関(IAEA)のチェックを受けることが義務付けられました。新たな核兵器保有国を増加させない力はありますが、現保有国が保有する武器を増やすことには効き目がありません。
※現在核保有の疑惑がある、インド・パキスタン・イスラエルなどは未署名であり、北朝鮮も2003年に脱退しています。
包括的核実験禁止条約(1996)
この条約は、地下実験も含めすべての核実験を禁止するものです。条約発効のために必要な国が批准していないため、未発効となっていることがポイント。アメリカ・中国などは署名はしたものの未批准、北朝鮮・インド・パキスタンも未批准となっています。
※爆発を伴わない臨界前実験を禁止している訳ではないので、米ロは実験を続けていると言われています。
核兵器禁止条約(2017)
最後に、近年国連で結ばれた条約について説明します。非核保有国やNGO団体が連携し、核兵器の保有・開発・威嚇を法的に禁じるもので、これまでの「縮小」よりも「廃絶」を目指したものとなっています。しかし、安全保障の上で核兵器を必要と考える米露中などの核保有国は反対し、それに依存している同盟国も不参加となりました。唯一の被爆国である日本ですら、自国の防衛をアメリカに依存していることから賛成していません。被害にあっている国が参加しないとなると、条約を作った側としてもがっかりしますよね。一応発効に必要な国数が確保されて2021年に発効しましたが、核保有国や関連国がほとんど参加していないため今のままでは効力がありません。
日本は被爆国として核廃絶の先頭に立つべき存在である一方、同盟国の核保有によって安全が守られている面もあり、難しい判断が迫られています。ちなみに、同盟国の核保有によって安全が守られている状態を「核の傘」と呼びます。
▼米ソ(露)間の軍縮
続いて米国とソ連(ロシア)の間での軍縮です。世界中の核兵器の大部分を占めるのがこの両国であり、2国間での軍縮協定も結ばれてきました。段階的に進んでいることをイメージしながら覚えていきましょう。
※SALT、STARTは調印した年。モスクワ条約、新STARTは交渉開始年となっています。
SALT(戦略兵器制限交渉)
時代は1970年代。キューバ危機を乗り越え米ソ間の緊張が和らいでいたところで、二カ国間の軍縮が進められました。まずは「削減」ということで、今保有している兵器を減らすことを目指していきます。第一次の削減交渉をSALTⅠといい、第二次の交渉をSALTⅡといいます。
第二次の交渉が行われていた際に、ソ連がアフガニスタン侵攻を開始してしまい、アメリカからの不信感を買ったことで未発効となっています。
INF全廃条約(中距離核戦力全廃条約)
1981年に交渉が開始され、1987年に調印されています。射程距離が500~5500㎞のミサイルを全廃し、以降も同種の兵器を持たないと定めました。「廃棄」を目指した画期的な条約であったが、運搬手段を減らしたのみで肝心の核弾頭部分は減らなかった。また、米露の首都間を届かせる飛距離のものは対象外になっており、いざとなったら首都を陥落させれる手段は保有したままでした。※2019年のトランプ政権時に、ロシアが条約違反をしたとして条約離脱を通告し、失効してしまいました。これまで歯止めとなっていた条約がなくなってしまい、軍拡競争開始の危機では…と緊張が高まりました。交渉が行われていた際に、ソ連がアフガニスタン侵攻を開始してしまい、アメリカからの不信感を買ったことで未発効となっています。
START(戦略兵器削減交渉)
冷戦の終結が見えてきた80年から90年にかけた頃、いよいよ核弾頭の「削減」に踏み切ることになります。第一次交渉で米ソともに6000発まで削減、第二次交渉では3000~3500発まで削減することを目指します。第一次は実施完了できましたが、第二次はアメリカのテロとの闘いに関する動きに不信感をもち、ロシアが無効声明を出しました。これを引き継ぐ形で出されたのが2002年のモスクワ条約。さらに 2010年からは新START条約として削減目標を設定しています。※ロシアのウクライナ侵攻にともない、米露間の関係が悪化しました。それに伴い、2023年には新START条約の破棄が報じられています。
最後にポイントとなる部分をまとめておきましたので、参考にしてください。
▼まとめ
以上が軍縮問題についてのポイントになります。ここまでしっかり理解できた人は分かると思いますが、条約を結んでいても抜け道があったり、核心を突く目標まで設定できていなかったりと、根本的な部分は変えられずにいます。みんなが一斉に捨ててしまえば解決ですが、現実は甘くありません。各地で紛争が起こる中、多大な犠牲者を生み出さないために何をすべきでしょうか…。
読んでいただきありがとうございました。
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