政経演習28 日本経済史⑴

政経

共通テストの過去問を中心に演習問題を掲載しています。
解答・解説も含めて、参考になれば幸いです。

問1 高度経済成長期の日本の経済社会についての記述として最も適当なものを,次の①~④のうちから一つ選べ。

① この期の後半に出現した大型景気は神武景気と呼ばれる。
② 「三種の神器」と呼ばれる耐久消費財が普及した。
③ IMF8条国への移行に伴って,為替管理が強化された。
④ コンビナートが内陸地域を中心に建設された。

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解答② 【解説】①神武景気は序盤に出現している。③1964年にIMF8条国へ移行し、先進国の仲間入りを果たしたのは事実であるが、為替の自由化が義務づけられたもの。④コンビナートとは、生産の効率化を目指し、相関連する工場を地域的に結集させるもの。内陸部ではなく沿岸部に密集させた。(海運の効率アップ)

問2 対日占領政策の主要な目的は,非軍事化や経済民主化であったが,冷戦の激化とともに,西側諸国の一員としての経済復興も重視されることとなった。この点を踏まえ,この時期の出来事ア~ウを古いものから順に並べたとき,その順序として正しいものを,下の①~⑥のうちから一つ選べ。

ア 労働組合法の制定
イ 傾斜生産方式の開始
ウ 経済安定9原則の指令

① ア→イ→ウ  ② ア→ウ→イ  ③ イ→ア→ウ
④ イ→ウ→ア  ⑤ ウ→ア→イ  ⑥ ウ→イ→ア

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解答➀ 【解説】非常に近い期間での出来事であり、やや難題。ア:労働組合法は戦後の労働民主化に伴って制定。(1945年)イ:傾斜生産方式は戦後経済の復興を目指し1946年から開始。ウ:戦後不況に苦しむ日本に対し、GHQが発令したもので、1948年に指令。

問3 高度経済成長期についての記述として誤っているものを,次の①~④のうちから一つ選べ。

① 高度経済成長期の前半には,景気が拡大すれば経常収支が赤字となり,景気を引き締めざるをえないという,国際収支の天井問題が生じた。
② 高度経済成長期には,日本のGNP(国民総生産)はアメリカに次ぐ資本主義国第二位となった。
③ 高度経済成長期に池田内閣が掲げた国民所得倍増計画は,当初の目標であった10年間よりも短い期間で達成された。
④ 高度経済成長期に1ドル=360円で固定されていた為替レートは,日本が輸出を増加させるのに不利な条件となった。

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解答④ 【解説】④1ドル360円というレートは円安水準であり、日本の輸出には有利な条件であった。また、固定されていたことで安定した貿易が可能となっていた。

問4  連合国による占領の時期に,GHQ(連合国軍総司令部)は経済の安定やインフレの収束などを目的に経済安定9原則を指令した。この原則に沿ってとられた政策に含まれるものとして最も適当なものを,次の①~④のうちから一つ選べ。

① 大幅減税の実施 
② 農地改革の開始 
③ 復興金融金庫の設立
④ 単一為替レートの設定

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解答④ 【解説】経済安定9原則は1948年に指令。戦後の流れをざっと説明すると、まず不況から脱するために③復興金融金庫を設立し、紙幣を大量発行した。結果異常なインフレーションが起こり経済が混乱する。この不況とインフレを収束させるために指令されたのが、経済安定9原則である。インフレを収束させるため、増税を行っているため➀は誤り。②は戦後すぐに実施しているもので不適当。

問5 ニクソン・ショックに関連する日本経済の記述として最も適当なものを,次の①~④のうちから一つ選べ。

① ドッジ・ラインの実施からニクソン・ショックまで,国債が発行されずに予算が編成された。
② ドッジ・ラインの実施からニクソン・ショックまで,通貨当局は,平価の変動幅を一定に抑えることが義務づけられた。
③ ニクソン・ショック後,戦後経済を支えたブレトンウッズ体制の崩壊を受けて,『経済白書』において「もはや戦後ではない」と表現された。
④ ニクソン・ショック後,通貨の発行量が金保有量に制約を受けない管理通貨制度が採用された。

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解答② 【解説】①建設国債は1966年から毎年、赤字国債は本格的な発行は石油危機後の1975年から発行されている。ニクソンショックは1971年の出来事。③「もはや戦後ではない」は高度経済成長序盤(1956年)に発表されたもの。④戦前の世界恐慌をきっかけに、元々の金本位制から管理通貨制度へ移行した。

問6 高度経済成長の時期にみられた好況期の通称A~Cと,それぞれの時期における日本経済の出来事ア~ウとの組合せとして正しいものを,下の①~⑥のうちから一つ選べ。

A 神武景気(1954年11月~57年6月)
B 岩戸景気(1958年6月~61年12月)
C オリンピック景気(1962年10月~64年10月)

ア 国民所得倍増計画の発表
イ GATT(関税及び貿易に関する一般協定)への加盟
ウ OECD(経済協力開発機構)への加盟

① A―ア  B―イ  C―ウ  ② A―ア  B―ウ  C―イ
③ A―イ  B―ア  C―ウ  ④ A―イ  B―ウ  C―ア
⑤ A一ウ  B―ア  C―イ  ⑥ A―ウ  B―イ  C―ア

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解答③ 【解説】ア:池田勇人内閣、1960年のキーワードを抑えておきたい。イ:GATTへの加盟は1955年、ウ:OECDへの加盟は1964年。

問7 高度成長期の日本経済においてみられた変化や出来事に関する記述として適当でないものを,次の①~④のうちから一つ選べ。

① 為替相場が円安になり輸出が増加した。
② 第三次産業の就業人口の割合が高まった。
③ 財政投融資を通じた産業基盤の整備が進められた。
④ 国際収支の悪化を理由とした輸入の数量制限ができなくなった。

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解答➀ 【解説】①高度経済成長期は、1ドル360円の固定レートが継続していたが、1970年代から円高が進行し輸出が停滞した。この円高不況と第一次石油危機が同時に発生し、高度経済成長が終焉したとされる。

問8 戦後日本の景気循環についての記述として最も適当なものを,次の①~④のうちから一つ選べ。

① 岩戸景気では,朝鮮戦争の勃発を契機として,アメリカ軍による軍需物資の需要が増大し,産業界は活況を呈した。
② いざなぎ景気では,輸出主導の成長を果たした結果,日本のGNP(国民総生産)は,西側世界でアメリカに次いで第2位となった。
③ 第一次石油危機に伴う景気後退期には,政府が金融緩和による総需要拡大策を実施することでインフレの抑制を図った。
④ バブル経済は,日本銀行による数次にわたる公定歩合の引下げが一因となって崩壊した。

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解答② 【解説】①朝鮮戦争は1950年に発生しているが、岩戸景気は1960年頃の話。時期が異なる。③インフレを収束させるために金融引き締めを図った。④地価の高騰を抑えるために、公定歩合を引き上げていったことが一因となって崩壊した。

問9 高度経済成長期についての記述として誤っているものを,次の①~④のうちから一つ選べ。

① 民間の設備投資が拡大し,企業の国際競争力が強まった。
② 高い貯蓄率に支えられて,銀行が設備投資資金の供給を拡大した。
③ 固定相場制の下で対ドル為替レートが割安になり,輸出が増えた。
④ 持株会社が解禁され,企業の再構築(リストラクチャリング)が進んだ。

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解答④ 【解説】④持株会社の解禁は1997年の独占禁止法改正により実現している。

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