公共授業ネタ23 紀州のドン・ファン事件はなぜ無罪だったか?

教員向け投稿

はじめに

新たな教科として始まった公共。今後入試科目として組み込まれることが決まった以上、入試問題によって授業のあり方も変えていかなければならないとは思っています。しかし、せっかくの新科目なので新たな挑戦ができればとも思っています。

私の意識としては、1時間のうちに作業できる時間を10分~15分(50分授業のうち)確保したいという目標を持ちながら、授業作りを進めています。実践した中で手応えのあったものを、本サイトでも紹介していこうと思います。参考になれば幸いです。

作業ネタの設定単元

今回の作業ネタは、刑事裁判の原則を説明する導入として実施しました。授業ネタ22の模擬裁判(リアルver.)終了後の振り返りをさせる時に、ちょうどマッチしたニュースが舞い込んできたので、早速教材として落とし込んでみた形です。プリント教材を作ったわけではないので、話のネタとして参考にしていただけると良いと思います。

作業の流れ

(ⅰ)事件の内容整理

今回の「紀州のドン・ファン殺害事件」とは、2018年に紀州のドン・ファンと呼ばれた資産家・野崎幸助が、急性覚せい剤中毒で死亡した事件です。死亡時の妻(当時25歳)が殺人容疑で逮捕されましたが、妻の犯行を立証できる物的証拠がなく、間接証拠(状況証拠)を組み合わせての起訴となりました。最後まで犯行の確実性を証明できず、「疑わしきは罰せず」が重視される形で、和歌山地裁は無罪を言い渡しました(2024年12月12日)。尚、この裁判は裁判員裁判が実施されています。

今回この事件を扱おうと思った理由は、限りなく黒に近い無罪という点で、生徒の思考力を掻き立てられると考えたからです。また授業ネタ22で紹介した模擬裁判とも関連性が大きいと思うので、使いやすいと思います。では、争点となった証拠をざっくりと紹介します。

55歳年下の妻は、月100万の契約結婚であり、愛は無い上に成り立っている関係性だった。事件当日、自宅にいたのは野崎・妻・家政婦の3名のみで、防犯カメラにも他の人物は映っていない。解剖の結果、死因は急性覚せい剤中毒であり、注射跡が無かったことなどから経口摂取したと推測される。野崎は直前に愛犬が亡くなったことで葬儀の予約などもしており、自殺する様子や動機はなかったことから、何者かに摂取させられた可能性が高いと検察側は主張した。妻には覚せい剤の注文履歴や、「覚せい剤 死亡」「老人 完全犯罪」「妻に全財産を残したい場合の遺言書」などの検索履歴があり、購入自体は認めた。しかし、覚せい剤購入は野崎本人から依頼されたものであるし、実際に届いたものも偽物であったと主張。購入した密売人A・Bの証言によると、Aは氷砂糖を砕いたもの、Bは本物の覚せい剤を渡したと証言し、内容が食い違ったため、妻が購入した覚せい剤が本物かどうかも確証がない。また、愛犬が亡くなったことで精神的におかしくなり、自分も死んでしまいたいと言っていたと証言。

以上がざっくりとした事件の内容です。遺産が約13億とされる野崎を遺産目当てで殺害したのでは?という見方が高まりましたが、決定的な物証が足りないんですね。当然他殺となれば妻による犯行が認められるかもしれませんが、そもそも事故死の可能性も残されています。覚せい剤の味は苦いそうで、他殺の場合、どうやって致死量を飲ませたかという部分も引っ掛かってしまいます。

結果、「第三者の他殺や自殺の可能性は無いと言えるが、誤摂取の可能性が無いとは言い切れない。妻が殺害したとするには合理的な疑いが残る。」と指摘し、無罪判決が言い渡されました。

(ⅱ)結果への意見

今回の裁判は「推定無罪の原則」「疑わしきは罰せず」の考えが重視された形でしたが、検察がこれに対して控訴するかどうかが注目されています。覚せい剤の購入まで認めて、摂取させていない?急死するほどの覚せい剤を事故で飲むか?などと、裁判員の判断は常識からかけ離れているという批判もありました。

いくら「疑わしきは罰せず」とはいえ、限りなく黒に近いものが無罪になり続けると、計画犯罪が増えるのでは?という意見もあります。しかし、それでも冤罪を出さないことが最優先されるのが、日本の刑事裁判なんですね。

今回裁判員を担当した方の会見で、このような発言がありました。「有罪の目で見ると有罪、無罪の目で見ると無罪に見えてくるので、中立の立場で証拠だけをみて、感情で見ないようにした」「マスコミ報道と裁判員として見る事件は全く違う」。感情的にならず、証拠を吟味するという姿勢が、裁判では重要となります。

一方で、今回の裁判員裁判は、9月12日の初公判から11月18日まで22回の審理が行われ、あわせて28人の証人尋問が行われたそうです。これについて裁判員の男性は「期間が長く、証人や証拠も多かったのでそれらを吟味して判決を出すのは苦労した」と述べたように、負担の重さを指摘しています。今後の改善が求められる点かもしれません。

(ⅲ)刑事裁判の原則

ここまでの文中にも登場していますが、実際の事例を通して刑事裁判の原則を復習できるといいですね。「疑わしきは罰せず」「推定無罪」「唯一の証拠が本人の自白の場合は無罪」「証拠主義」など、授業で習った考え方を踏まえたうえで、もう一度事件を振り返ってみましょう。「いくらグレーを塗り重ねたところで、黒にはならない」今回の裁判官の発言が、刑事裁判の原則を象徴しています。

実施した後の反省点

かかった時間

模擬裁判の補足として話をしただけなので、全部で10分程度しかかけていません。

反省点・よかった点

前回実施した模擬裁判とリンクする部分が多く、ちょうどニュースを賑わせていたので、タイミングとしては最高でした。

質問等ありましたら、お気軽にコメント欄へお書きください。

授業プリントも参考にしてください!→プリントダウンロード

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