政経まとめ09 –平和主義の道のり–

平和主義政治分野

 

平和主義に関連する出題は毎年のようにされているが、出題パターンは大きく分けて2つ。
 ①戦後〜現在の防衛政策
 ②平和主義に関する判例

まとめ09では①に絞って解説をしていきます。②については「まとめ10 平和主義の判例」をチェックしてください。

ⅰ)戦後〜自衛隊結成

 戦後はアメリカの民主化政策の下、軍隊を一切もたない国づくりが進められていた。しかし、戦後よりアメリカとソ連の冷戦が勃発し、徹底した非軍事化は途中で断念することになる。流れが転換した出来事として抑えるべきポイントが1950年に発生した朝鮮戦争※である。日本の隣国で戦争が行われていることで、アメリカが日本に再軍備へ方向転換することが指示された。同年、警察予備隊が結成されることとなった。

※朝鮮戦争 [北側] 中国・ソ連 VS アメリカ [南側]

 その後、警察予備隊は保安隊、自衛隊と強化され現在に至っている。年号が覚えやすいので、ここは暗記しておくと良い。覚え方としては、”1950年から2年ごとに強化”(1950朝鮮戦争→警察予備隊→1952保安隊→1954自衛隊)といったところ。

 この間、1951年に日米安全保障条約が結ばれているが、これは「在日米軍を日本に置くこと」を定めている。先ほどの再軍備と同じく、これも朝鮮戦争で中国・ソ連側の勢力が進出してきた際に、在日米軍が防波堤になるためである。
 当然、そんな危険な決定に日本はOKしたくない。そこでポイントとなるのが、同時に結ばれたサンフランシスコ平和条約だ。この条約は、戦後アメリカの占領下にあった日本が、一つの国として独立が認められたもの。つまり、「日本に米軍を置かせてくれ、代わりに独立を認めてやる」という交換条件があった。

 このように、日本の防衛政策はアメリカをはじめとする世界情勢に左右されながら、現在まで進展してきている。

ⅱ)安保体制

 そして、1960年に結ばれた新安保条約により、日本の防衛政策はさらに大きく変化する。この条約のポイントは以下の通り。

共同防衛義務(アメリカが日本の防衛に際し、共同して防衛にあたること)や、米軍の日本駐留(日本の安全・極東の平和を目的として、日本基地の使用や駐留を許可)を認め、アメリカとの同盟関係がより強固なものに。

 この条約が結ばれた時代、世界ではアメリカとソ連の争いが激化していた。自衛隊が戦闘に巻き込まれる可能性もあるとして、当時日本では大きな反対運動が起きた。これを安保闘争という。この時の首相「岸信介」は、現在の首相「安倍晋三」の祖父にあたる人物だ。

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