政経まとめ45 –国際経済のしくみ–

ニクソン大統領国際分野

 今回は「国際経済のしくみ」について。国際化が進んだことにより、世界中の経済が繋がるようになったため、世界全体で経済を動かしていく仕組み作りが進んでいった。特に、経済面の衝突が戦争の一因になったこともあり、戦後には反省を生かして新たな経済体制が生まれていった。どのような組織が作られたのかを知り、目的や役割をセットで覚えていく必要がある。

国際通貨制度

各国の通貨体制をどのように実施するかは、戦前・戦後で大きく異なる。国際貿易が始まったころ、異なる通貨で取引をするために「金(ゴールド)」が用いられた。金は世界中どこでも同じ価値を持つため、金の持っている分に基づいて紙幣を発行した。

当時発行されていた「兌換紙幣」は、金と自由に交換できる券であったため、中央に「この券引き換えに、金貨五円を渡します」という記述がある。

兌換紙幣

この方法を採ることで、金を基準に安定した取引ができた一方で、金の保有量の分しか紙幣を発行できないデメリットがあった。1929年の世界恐慌を経て、各国は金本位制の限界を感じたため、金を基準としない方法へ転換する国が増えていくこととなった。

国際通貨体制の年表

ブレトンウッズ体制

経済面での対立が第二次世界大戦の一因となったため、戦後の経済体制づくりが進められていった。1944年にアメリカのブレトンウッズで、新しい方針が決められたこともあり、これらをまとめてブレトンウッズ体制と呼ぶ。

この方針は、「アメリカ中心の世界経済体制」とイメージしてもらうとわかりやすいかもしれない。経済大国であるアメリカを基準とする固定相場制が採用されたとともに、ワシントンを本部とする組織が2つ設立された。

➀IMF(国際通貨基金)

目的は世界経済の拡大と均衡。

為替レートの安定に向けた政策や、一時的な財政不振に陥った国に対する短期的な貸出を実施した。

②IBRD(国際復興開発銀行:通称世界銀行)

目的は戦災国・発展途上国の開発援助。

加盟国の政府や企業に対し、長期的な貸出を行い、発展途上国や戦災国の復興を支援した。

いずれも、世界経済の発展を目指して組織されているが、細かい目的の違いや、担当する役割の違いを、確実に抑えておこう。

戦後経済の流れ

経済大国であったアメリカが中心となり、世界経済の発展を目指していったが、順調に進まなかった。主な誤算は、戦後もソ連との冷戦が発生していたことにより、軍事費が財政を圧迫したこと。他にも、敗戦国への援助などが影響し、経常収支が赤字となったことなどが、アメリカの経済を圧迫した。

アメリカが中心のしくみであるのに、そのアメリカが崩壊したら話にならない。しかし、その不安は現実となってしまう。1960年代のベトナム戦争により本格的な危機に陥ったアメリカは、 1971年ニクソン大統領がギブアップ宣言を出すことになる。これをニクソンショックといい、アメリカ中心の固定相場制は事実上崩壊となった。

戦後の国際経済体制年表➀

その後、スミソニアン協定により、アメリカの輸出有利な形である「ドル安」への誘導を行い、固定相場制の継続を模索した。しかし、1973年に日本やECが変動相場制へ移行したことにより崩壊。1976年のキングストン合意をもって、変動相場制への移行が正式承認された。

戦後の国際経済体制年表②

ブレトンウッズ協定・スミソニアン協定・キングストン合意が、国際経済体制の転換点となっている。それぞれの内容を理解し、事項と内容をセットで覚えておきましょう!

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