政経まとめ35 –農業問題–

政経まとめ

今回は農業問題に関してのポイントをまとめていく。範囲としてはそこまで多いわけではないが、理解が難しい内容が多い分野でもある。特に頻出なのが、コメ政策についてと輸入についての変化。時代背景を抑えながら、関連付けて覚えていけるといい。

➀農業政策の流れ

農業問題年表

日本は伝統的に稲作が中心であり、主食は白米。つまり、コメがないと日本人の食は維持できないという文化であった。コメを十分確保するために、戦前からコメ農家を保護する制度を実施してきた。

しかし、戦後食文化が多様化してパンや麺なども食卓に並ぶようになると、コメ生産のバランスが崩れてくる。また90年代には輸入の自由化が進み、「国内農業を保護したい」主張と「市場を開き競争力を高めたい」主張がぶつかり合うこととなる。グローバル化が進む中で、日本も徐々に輸入自由化を進めている最中だ。

農業関連年表

食糧管理制度とは

戦前から実施されている食糧管理制度。この仕組みを覚えておこう。

食糧管理制度

この政策の目的は、コメ農家の保護。農家と消費者が直接売買をすると、売れ残りなどが起こる可能性もあるため、その間に政府が関与していた。政府が農家から米を高く買い上げて、それより安い値段で消費者へ販売していた。これにより、コメ農家は売れ残りを出すことなく、一定の収入を得ることができていた。

しかし、この状況が少しずつ変わっていく。

戦後、パンや麺が広まり食文化が多様化していくと、コメの需要が徐々に減少していった。しかし、農家が急に別の作物に転換するのは難しいし、政府もコメ農家を守るために買い上げを続けていた。1970年頃から減反政策というコメの作付面積を減らす策を講じるも簡単には変わらず、政府に買い上げたコメが余り続ける現象が起きた。その後は農業の国際化の動きもあり、規制緩和が進んでいく事になる。

②農作物の輸入

戦後から「農業の保護」を基本としてきた日本だが、少しずつ規制緩和の方向に進んできている。外国からの輸入に関しても、グローバル化の進展に伴って開放される方向に転じてきており、90年代以降から諸外国との交渉も活性化してきた。

農作物の輸入

1993年のウルグアイラウンドで農作物輸入の交渉が進み、日本でも関税さえ払えば自由に輸出入ができるようになった。関税とは、主に輸入する際の税金を指し、この税金を上下させることで輸入量を調整する。以下の図に示したように、関税が上がればそれだけ輸出側は負担が大きくなるので、輸出はしづらくなる。

※1 関税とは

コメに関しては、慎重に輸入が進められ、6年間の猶予を経た1999年から関税化が進んでいる。

また、ミニマムアクセスと呼ばれる「最低輸入量」を設定し、半強制的に最低限の輸入を推進する政策も採られている。

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