政経まとめ29 –日本経済の歴史②–

政経まとめ

前回に引き続き、日本経済の歩みについてまとめていく。高度経済成長期の終焉まで。年号にすれば1945年~75年ごろの話になる。

➀高度経済成長期の到来

高度経済成長の要因

1955年ごろから、年平均10%を超える経済成長を遂げる時代が始まり、この期間は「高度経済成長期」と呼ばれている。このような経済成長が発生した要因は何か。以下の表にまとめてみました。

高度経済成長の要因まとめ

主な要因は①と③。輸入が活性化して民間設備投資が増加した点と、高い貯蓄率を誇ったことで消費が拡大した点が大きい。その他さまざまな要因が共鳴し、約20年間続いた高度経済成長期の中でも、特に好景気が発生した時期が4つある。順番に紹介していこう。

(Ⅰ)神武景気[1954~57]

輸入中心の民間設備投資によって支えられた好景気。戦後から10年ほどしか経っていないが、『経済白書』にて「もはや戦後ではない」という名言が発表されることになる。実際のところ、当時の意味合いは「この先への希望」を述べているのではなく、これまでの成長を支えてきた復興需要がなくなり、「これからは厳しい時代に入る」というニュアンスだったそうだ。しかし、その見通しは全く外れ、更に強い成長の時代に入っていき、結果的に、戦後から復興した日本を象徴する意味で知られるようになった。

また、この時期に耐久消費財(いわゆる家電)が流行する。特に流行したものは「三種の神器」と呼ばれ、洗濯機・冷蔵庫・白黒テレビの三点を指す。

(Ⅱ)岩戸景気[1958~61]

1960年前後に発生した好景気を「岩戸景気」という。この好景気に登場する主要人物は池田勇人首相である。

安保闘争の影響で辞任した岸信介にかわり、首相に就任したのが池田勇人。岸内閣が安保政策を重視していたのに対し、一転して経済政策を前面に打ち出した。そんな彼の代表的な政策が、「国民所得倍増計画」であり、10年間で国民総生産を2倍にし完全雇用を目指すことを示した。設備投資と国民の購買力増大を推進した結果、1967年には目標を達成した。

(Ⅲ)オリンピック景気[1962~64]

 その後は、東京オリンピック開催に伴う好景気が訪れる。東京オリンピックが開催された年は知っていますか…?大丈夫ですかね。正解は1964年です。このオリンピック開催に向けて、公共事業が活発になった結果、好景気が到来した。

特に交通面の整備が顕著であり、首都高速道路や東海道新幹線、地下鉄、東京モノレールなど、オリンピックに間に合わせようと急ピッチで工事が進められていた。その他にも国立競技場や名神高速道路なども同時期に建設されたものである。

同時期の1964年にOECD(経済協力開発機構)に参加することが決定し、先進国の仲間入りを果たしたことも併せて覚えておこう。

(Ⅳ)いざなぎ景気[1965~70]

1960年代後半、生産力を付けた日本産業は、輸出が好調となる。これにより生まれた好景気が「いざなぎ景気」と呼ばれるものであり、それまで輸入中心で経常収支が赤字であったものが、黒字へ転換した。同時期に資本主義社会でGNP第2位という実績も残し、アメリカに続く経済大国として世界に知られるようになった。消費財の流行が再びおこり、3C(car・cooler・colorTV)と呼ばれる三種類の家電が流行した。

②高度経済成長の終焉

 これだけ好調だった日本経済が停滞した原因は何か。大きく分けると「2つのショック」が関わっている。

ニクソンショック[1971]

一つ目のショックは、アメリカで発生したニクソンショック。まだ国際経済のまとめは作っていないため、ここでは詳しく説明しませんが、簡単に言えば、「アメリカ中心の世界経済」が崩れかけたということ。これまでのブレトンウッズ体制の維持が難しくなり、ドル安への誘導を開始する。なぜドル安にするかというと、アメリカの輸出が有利になるから。アメリカを立て直すための策であった。しかしそれは逆に、日本の輸出が不利になるということでもある。これまで輸出が好調だった日本にとって、この出来事は痛恨であり、輸出不振により不況を引き起こした。

第一次オイルショック[1973]

もう一つのショックが、1973年のオイルショック。石油危機とも呼ばれるが、どちらで覚えてもらっても構わない。この出来事は、当時原油を占めていたOPEC(石油輸出国機構)が、中東戦争の影響で原油価格を4倍に引き上げたというもの。原油は当時の日本にとって、生産に欠かせないエネルギー源となるもの。この価格が急騰することで、これらを輸入に頼っていた日本は生産が停滞した。それだけでなく、この事態によって商品がなくなるのではないかというデマにより、トイレットペーパーなどの消耗品の買い占め騒動が発生。店から商品がなくなることとなれば、当然物価も上がっていく。急激なインフレーションが発生してしまった。

この二つのショックをかけ合わせていくと…景気の停滞(スタグネーション)と物価の上昇(インフレーション)が同時期に発生したこととなる。景気は悪いのに、物の値段は上がる…最悪の事態であり、これをスタグフレーションと呼ぶ。急成長を遂げていた日本であったが、この翌年の1974年に戦後初めてのマイナス成長を記録してしまう。この1974年をもって、高度経済成長終焉と定義づけられている。

高度経済成長が終わった日本は、どのような道をたどるのか。これについてはまた次回掲載します!

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